口。それは欲望や喜び、声や笑い声が始まるところ。あるいはキスを受けとるところ。
口には食べ物と言葉が与えられました。口は、口を紡いだり、口から口へ、一語一語、言葉や美味しい食べ物に注意深く触れ、もしくはすべてを飲み込んだりして、自分と自分の身体の間に生まれる美しい対話を作り出します。フロイトとラカンの精神分析に関する研究は、セクシュアリティと食べ物の類似点を指摘し、「スコポフィリア(窃視欲動)」の概念を理論付けました。そこでは見ることの喜びや、見たいという欲望について明示していましたが、それはトーテムのように象徴的な口として描かれています。つまりは口こそが欲望を拡張させるものなのです。
顔のない、生き生きとした情熱的な口は、私たちに視線の先を明かすことも、何を見ているかを特定することも許さずにこちらを向いています。(女性の)口は、経験したことのある喜びを思い出しながら、自分の心を占めるものが何かについて私たちに問いかけています。
誘惑と衝動に左右される私たちの現代社会は、ある種の過剰な超個人主義を反映しています。口は、単に話したり、笑ったり、飲み込んだり、キスをするなどの具体的なものとして見えますが、古典的で原始的な動きの表現として重要な役割をも担っています。口を作品のテーマとして目立たせるやり方は、「客体(=見られるもの)」としての女性の立場を問うものになっています。
誰もが目で貪り、豊かさに応じて自分自身を養い、また他者に貪り食われるという感覚を味わうことができます。自分自身を完全に満たすか、それとも容赦ない空虚感の餌食になるか。
「口で言うことは、心から溢れ出るものです。」『 ルカによる福音書』
親密さに繋がる口というものは、約束を守り、楽しそうに歌う喜びをもたらします。また、去っていく男に戻ってくるよう訴えたりもします。口は、支離滅裂で思いもよらいないようなすべての感情を大声で伝えます。固く閉ざされた唇の奥には、埋もれて聞こえない秘密が隠されています。唇をすぼめ、多くを語りすぎないようにします。口は、溢れ出る思いや幻想を暴露し放出させます。ささやかれる夢や明るい夜明けの約束を。
彼女の口は伝え、要求し、不平を言い、抗議する。
口は非難する。
口は性急で抑えのきかない荒々しいキスを受け入れる。
親密さの最後の場所。
個人的で。
独占的で
個性的な。
私の口に、あなたの秘密を、あなたの欲望を、あなたの途切れ途切れの息を乗せてください。
繊細で崇高な、貴重な贈り物。
ー セリーヌ・プジョル
▍セリーヌ・プジョル
フランスの現代アーティスト。主にパフォーマンス、ビデオ、サウンドインスタレーションなどの表現方法を取る。プジョルは、生命力のある繊細なアイディアを原動力として、身体/声、ダンス/詩などに関する作品を制作する。今回の展示では、親密さの内なる声を探求した写真作品を発表する。彼女の作品には、(ポーランドの演出家)グロトフスキーのボディーアートの手法を学んだことをきっかけに、コンテンポラリーダンスが多く取り入れられる。そこでは、詩的な言語、音楽、潜在意識のイメージが混ざり合う巧みな描写が展開される。リズム、テクスチャー、ジェスチャーは、言語と身体の輪郭を引き直すような、彼女の深く感覚的なアプローチを可能にし、インタラクティブで没入型の体験を生み出している。